Mesdames, Mesdemoiselles,Messieurs Bonsoir.Voici les titres de ce soir.

特集:りんごのアイスペール
特集:CASIMIR..オレンジのBaby ザウルス
特集:久しぶりにゴッホに会いに行きました。
特集:想い出のサヴィニャック
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特集:りんごのアイスペール
そのりんごと出会ったのは私のバイブルでもあるL'UTOPIE DU TOUT PLASTIQUEの中であった。イントロダクション後のページ15、色とりどりに形も違うりんごが16個きちんと並んでいる。そのつるんとしたプラスチックの魅力はなぜか私を懐かしい気持ちで包み込んだ。それはまるでフランダースの犬に登場するアロア(ネロの友達)が持っていた苺のキャンディーのようであり、またキラキラ輝く宝石のように見えた。それからというもの執り憑かれたように私の「りんご狩り」が始まった。洋梨、苺、トマト、パイナップルとりんご以外のバリエーションを加えると今では30種類以上、真面目に数えたことはないけど少なくとも100個はあると思う。70年代にアイスペールとして生まれたこのりんご達。ひんやりしたプラスチックの質感とは対照的に暖かい空気を運んでくれるのはりんごの持つ丸みのあるフォルムにあるのだろう。オレンジは楽天主義のシンボル。科学とテクノロジーと経済によって生み出されたプラスチックはその時代最大のムーブメントとなり、大量生産の体質を築き上げた。それに伴ってオレンジのりんご達はヨーロッパ中に広がっていった。その一つ一つを手で掻き集めるようにして私の住むPARISの倉庫と福岡のショップBLANCdeZINCにりんご園をつくっている。りんご園をもっとひろげよう。




 


 


 


 


特集:CASIMIR..オレンジのBaby ザウルス
Casimirは1974年にはじまった子供番組「Ils des enfants」(子供の島)の主人公である。番組プロデューサーChristophe Izardとカジミ−ルの生みの親Yves Brunieの2人の協力によりアメリカのセサミストリートのフランス版として毎日20分放送され、1982年の最終回までにオリジナルの968話、さらに1200回以上の放映を続ける人気番組になった。 主な登場人物はCasimirを中心に、学生で風船売りのフランソワ、キオスクでお菓子とおもちゃを売るジュリ−、芸術家のムッシュードュスノッブ、Casimirと同じくらいいつも上機嫌の郵便配達のエミールそれからエキストラの子供達。Casimirが日々の小さな気苦労や喜びを通して子供達と信頼関係を築いていく様子がスケッチされている。その他shadockのアニメーションなど見どころも多い。なにを隠そう!Grosse*minyonne はCasimirの大ファン。将来Casimir 博物館を建てるという壮大な夢を持っているのである。
Casimirのプロフィール
赤ちゃん怪獣 / 1m90 8kg / 太っている(本人に言ってはいけない)
オレンジに赤と黄のはんてん模様 / 性格は優しく、おもしろい、少しナイーブ。
食いしん坊で好奇心旺盛 /歌やダンスが大好き。大好物はgoulbi-boulga
goulbi-boulgaのレシピ
苺のジャム/バナナはよく熟れているもをつぶす
チョコレートは剃ったもの/ディジョン産のマスタード
生のトゥールーズソーセージは少し温めたもの/アンチョビまたは生クリームを少々
以上を大きなボールでまぜて できあがり!


 


 


 


 


 


 


 


 

特集:久しぶりにゴッホに会いに行きました。
春を間近に感じる3月の暖かいある日、何年かぶりにお客様をAuvers-sur-oise(オーベール・シュー・オワーズ)に御案内する機会に恵まれた。永い間、私を引き付けてやまないgogh(ゴッホ)がその短い人生の最後を過ごした小さなあの街だ。Paris北駅よりSNCFで1時間あまり、その小さな街の駅に降り立つと*ph1、まずドービニーの庭の前を通りすぐ横のゴッホ公園に立ち寄る。背の高いザッキンのゴッホ像*ph2 と対面。そして、お待ちかねの通称ゴッホの部屋と言われる「Auberge Ravoux」レストラン*ph3の前を歩き、向いには町役場を眺めた。。その角を曲がり蔦でおおわれた壁にそって少しのぼると、そこがゴッホの部屋へ案内してくれる入口だ。ちょうどレストランの裏側にあたる階段をのぼると小さな売店があり、そのさらに上の屋根裏部屋に続くきしむ階段を*ph4一歩ずつ噛みしめるよう昇った。階段の先に見える小さなドアは歴史を物語るよう重く黒光り、まるで鉄の扉のようにも見える。そのドアは以前も今も堅く閉ざされ、世間と個人の世界を隔てる壁のようであり、ゴッホの孤独を今でも深く感じる事ができるのだ。光栄にも私がドアノブを引き、あまりにもちっぽけな部屋*ph5に足を踏み入れると、訪れる度に感じる軽いショックのような目眩を覚えた。天窓だけが灯りをもたらす3帖程のこの部屋に今日、天才と評されるあの画家が貧しく暮らし、そして息を引き取った。短く壮絶な人生を思う度に、私の心は全身で涙を流すのだ。その隣の下宿部屋を通り抜け、以前サロンだった場所で簡単なミニフィルムを見る事ができた。当時の面影が今だ残るオーベールの風景とそれを一瞬で絵にしようとしたかのようなゴッホの絵が幾度も重なるような作品になっており、すぐにでもその足取りをたどりたい気持ちにさせられる。その後売店でポストカードなどを眺めてから、向いの観光案内所 に立ち寄る。ここはちいさなドービニー美術館にもなっている。ゴッホも絵にしたオーベールの階段を真向いに今度は街の教会に向かう。いったい今まで何度、この絵を見る為にオルセーに通った事だろう。この絵をはじめて目にした時の衝撃は、とても言葉にする事はできないくらいだ。絵の上部両隅に広がる強烈な空の青の中にどこか不安を感じる黒い雲の流跡が何度も何度も私を打ちのめす。実際の教会は荘厳そのもので、街の歴史をそのまま形にしたような存在。*ph6 教会を背に丘をのぼりつめるとそこはあのカラスが今も舞う麦畑が広がる。そして丘をのぼり切った右手に街の墓地があり、そこにゴッホは今でも眠ってるのだ。最愛の弟テオと手つないだかのようにきちんと並んで。*ph7 風がピタリと止まったので、ふと何時間もぼんやりとそこにたたずみたい気分にさせられる。麦畑を通り抜け、その後ドクターガッシェの家の前まで歩いた。残念ながらシーズン前で中には入れなかったが、かなり歩いたのでゆっくりAuberge Ravoux まで戻り少し遅めのランチを取る事になった。お客様の希望だった「ゴッホも食べたという煮込み料理」にありつけなかったのは残念だが、レモンソース(かすかにシェーブルが利いた)の白身魚を美味しく頂く。歩いた道のりを振り返りながら楽しいおしゃべりと共にこの短いプロムナードは終わった。今日、この日御一緒したお客様よりわざわざお礼のお手紙を頂いた。日本に戻られてしばらくたつ今もこの日のプロムナードに胸を熱くされている御様子で私もさらに感激させられた。幾歳になっても自分の好きな事に無心になれる..私ももう少し年をとったら、あなたのような女性になりたいと想っています。

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特集:想い出のサヴィニャック
サビニャック氏にはじめて会ったのは映画配給会社から依頼の仕事でしたが、その面談を取り付けるまでの電話でのやりとりを今でもはっきり覚えています。 耳の遠い95歳のおじいちゃんとのチグハグなやりとり。何度もお願いのTELをくり返して、やっと面談を了承してもらえた時のにこやかな笑い声。その後アトリエにお邪魔した時の感激の瞬間。 窓一杯にTROUVILLの海が見渡せるアトリエには小さな作業用の机と奥に小説やデザインの本が並ぶ本棚、私達が座るようにすすめられた籐のソファには描きかけの作品が無造作に3〜4枚。白い壁にはキャンバスにかかれた1963年の有名な出世作ASPRO。 以前写真で見た時と同じチェックのハンチング帽に襟巻きの老人は熱心に私の話に耳を傾けてくれました。「僕の意志というより、作品は筆が導いてくれるからね。僕はその動きに任せるだけだよ。」氏の作品の大きな特徴は作品に取り組む時のこのシンプルなスタンスにあるのだとあらためて感じさせられたものです。 帰り際にレイが氏の為に描いた似顔絵を手渡すと「これが私かね?」と屈託のない笑顔で受け取ってくれました。 残念ながらその後お会いした時はすでに体調が悪く、弱々しい笑顔を見せてくれただけで、それが私の見た最後のサビニャック氏となりました。 またしばらくしたらTROUVILLに行こうと思っています。11月の冷たい海風を胸一杯に吸い込んで、今にも落ちそうな眼鏡をかけた老人に最後のAU REVOIR(さよなら)を言うために。...2002/11/11 コラムBouteilleの書き下ろし..


 


 


 


 



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